CLUB JRA-NET CAFE

<< 前の記事へ 次の記事へ >>

メイクデビュー実況【小屋敷彰吾】2020年01月16日

初めまして、ラジオNIKKEIアナウンサーの小屋敷彰吾です。
現在は平日のニュースや番組、土日の競馬中継に出演しています。これから1年間、どうぞお付き合いください。

私は入社してからもうすぐ丸3年となり、JRAの場内実況デビューしたのは去年、2019年1月12日(土)でした。デビューからちょうど1年というところです。今回は担当する初めてのコラムですので、私の実況デビューを振り返っていこうと思います。

そもそも私が「競馬実況」という仕事に興味を持ったのは中学生の時でした。初めて東京競馬場へ親に連れて行ってもらった時の衝撃は今でも忘れられません。それまで映像で競馬場を見たことはもちろんありましたが、実際に行ってみると競馬場の広さ、綺麗なスタンド、目の前を走り抜けるサラブレッドの疾走感にとても驚かされました。そんな中で最も印象に残ったのは、なぜか「場内に流れるアナウンス」でした。開放感ある競馬場に響き渡る場内アナウンスは当時の自分にとってはすごくかっこよく感じられ、それから漠然と「競馬場内の実況をする人になりたい」という夢を持つようになりました。

大学生になるとその想いは、より強く、より具体的になり「アナウンス研究会」というサークルに入ってからは、先輩方から発声・発音の仕方やスポーツ実況の「いろは」を教わっていました(競馬実況の勉強という名目で馬券に熱を入れすぎている時も多かったですが(笑))。そして大学2年生からはのちに入社することになる、ラジオNIKKEIが行っていた「レースアナウンサー養成講座」という「レース実況について学ぶスクール」にも通い、より実践的な練習をしていきました。この講座ではラジオNIKKEIのアナウンサーが講師を担当しており、当時私は中野「先生」からアドバイスをもらっていて、それをメモしたノートは今でも私の宝物です。


【レースアナウンサー養成講座の授業で使っていたノート】

実況への想いが伝わったのか2017年にめでたく入社することとなり、入社1年目の秋から毎週競馬場へ通って、実況の練習をするようになりました。ただ、いくら大学時代に練習していたとはいえ、最初はなかなかうまくいきませんでした。弊社のアナウンサーはジョッキーの勝負服が描かれた「塗り絵」を手元に置きながら「双眼鏡」でみて馬の判別を行っています。


【初めて実況したレースで使った塗り絵】

最初のころは馬の名前を覚えることに苦労したり、手元の塗り絵を確認していたらどこまで追っていたかわからなくなることがたくさんありました。また、プロになったことで今までは意識していなかった「間違えてはいけない」という、プレッシャーも感じるようになりました。1年以上かけて1000レースぐらい練習を重ねていく中で、本当に少しずつでしたが段々とできるようになり、ついに去年の1月にデビューを迎えることができました。

ただ、そのデビュー戦も実は“波乱”でした。

デビューすることになっていた1月12日は、2019年の中央競馬が始まって2週目ですから、本来でしたらその一週前の1月5日、6日に直前の実況練習、すなわち「最終追い切り」を行う予定でした。しかしデビューへの緊張感のせいでしょうか、なんと一週間前に風邪をひいてしまったのです。

普段私はほとんど風邪をひくことはないのですが、この時は丸4日間寝込んで全くベッドから立ち上がることができませんでした。出走馬が決まる木曜日にはなんとか熱は治まりましたがその時点でも完全に鼻声のままでしたから、「本番までにどれだけ良くなってくれるだろうか」と神様に祈るような気持ちでしたね。

そして迎えた1月12日。まだ治りかけの鼻声といった感じでしたが、行きの電車では何度も何度も塗り絵を見直し「あれだけ練習したから大丈夫。声もきっと出る」と、自分を必死に励ましていました。

出走馬の紹介のころ緊張はピークに達し、いよいよファンファーレがなると、緊張のあまり双眼鏡を持つ手が震えたことを覚えています。当時使っていた双眼鏡は重さが1キロ以上ありましたからぶれることはまずありませんが、その時は重い双眼鏡がぶれるほどでした。


【レース直前の写真(緊張のピークの瞬間。必死に手を動かしすぎて、ぶれています)】

なんとか「スタートしました」と勢いよく第一声を発しましたが、手元のぶれにより3コーナーの手前あたりでは、馬の勝負服が2重、3重に重なるほど、視界がぶれてしまいました。
実況を聴き直すとわかるのですが、
「好位グループに5番のビューティーコパ、さらにはこの一角に4番のアラニが追走。さらにはその外、差がなく続いていく13番ノーブルフューチャで3コーナーのカーブに入ります」
この辺りは必死に間をつないでいます。

そして最後のゴールの瞬間、シゲルスピネルが押し切ると思ったので「シゲルスピネル、ゴールイン」と言おうとしましたが、そこへタマモキャペリンが追い込んできて、思った以上に接戦となってしまい、結局「シゲルスピネル…並んでゴールイン」と少し歯切れの悪い実況になってしまいました。

JRAのホームページの「レース結果」を遡ると今も残っていますから、気になった方はぜひチェックしてみてください。僕個人としては、あまり聴き直したくない実況ですが…。

こうしてほろ苦いデビュー戦となったわけですが、なんとか少しずつ慣れてきて、去年は無事?264レースの実況をすることができました。さすがに今では手が震えて視界がぶれることもなくなりました(笑)。もちろん緊張感は多いにありますが、それでも場内のファンの歓声が放送席まで聞こえてくると、自然と力が入り、実況のモチベーションにもつながります。

実況アナ2年生の今年は、よりレースの魅力を伝えられるよう試行錯誤していきます!

さて次回の私の担当は、2月の中旬です。

今より、もっと寒いのでしょうね…。寒さと競馬、次はそんな話になるかもしれません。

それでは、またお会いしましょう!

小屋敷彰吾(こやしき しょうご)

PROFILE

東京都出身 O型。ラジオNIKKEIアナウンサー2017年入社。現在は中央競馬実況中継、日経電子版、競馬が好きだ!などの番組を担当。